今度はライ麦パンに豆麹の菌が自生してしまった!

 豆味噌仕込みひとまず終了と思っていた矢先に、またまた酵母パンに立派な豆コウジ菌が繁殖して豆麹のカビがみごとに広がってしまった!急きょ、種採取。ライ麦パンですよ、今回は。(以前は白い粉の酵母パン)。
 しょーがないから、あともう一回、豆味噌仕込みをすることにしよう。今度はライ右パン由来の豆味噌作りであります…。(アホ)
 私がカビ生えてしまった酵母パンから豆味噌作っているなんで、一体誰が信じてくれようものを。ははははは!バイオ種業者から種買う必要なんて全くなくなってしまった。昨日来た晶文社の編集者・倉田氏も驚くやら感心するやら感嘆するやら呆れ果てるやら…。これを本にしなくて、何のための出版社か!アスペクトの副編集長のほうにも連絡を入れて、晶文社とアスペクトの原稿を書き分けるボーダーラインをやっと確保したよ〜んと伝えておいた。小渕じゃなかった小村副編集長も、わお〜っと笑って喜んでおった。(アホかもしれん)。
 これで、同時に2冊書き進めることができる。どんどんサブジェクトができていくからねえ…。昨日、倉田編集者と打ち合わせで会えたのも、よい触発になった。やっとコンセプトを明確に区分けることができた。倉田さん、脱力系だけど、なかなか切れ者でした。若い!まだ35歳。元・角川出版、書籍の編集者。2年位前に晶文社に転職したらしい。懐かしの角川の話も聞けたし。(2時きっかりに登場したので、昨日のブログも途中の尻切れトンボで急に閉めてしまったけど。なかなかパンクチャルな登場時間でございました。さすが、元・角川。)
 ということで、また本書きがちょいと忙しくなる。(よかった…。)

 話は変わるが…教室初孫誕生!1期生のみきちゃんに♀のベビー誕生。おめでとう!嬉しいよ〜。懐かしい皆の近況報告などを電話でお喋りし合った。そして、明日二人で会うことにした。懐かしいなあ…。みのりや、こずえや、昌子や、やえこや柴田弘子や、ああ、もっと、あのクラスにいたなあ・・、つよしくんも途中からいたし。あのクラスも面白かったなあ。会いたいなあ。みんなに会いたいなあ。ここのところ、教室ホームシックみたいになっているんですよ、わたし。さみしいみたいだよ。純子やみかともずっと会えていないし。もう少し、温かくなったら、もう少し、私自身の状況がましになったら、みんなを呼んで、以前のようにワイワイ楽しく飲み会やりたいなあ〜!落ち着いたら、召集をかけるから、みんなで集まろうよ。

ラッパの豆腐屋クン

 国分寺界隈で懐かしいラッパの音を響かせながら、美味しい豆腐を売り歩くイケメンオトコがおるのじゃ。(ここの豆腐、ホントに美味しいんだよ!)。このイケメン君は大学生なのに、自営で…と申しても、リアカー1台の引き売りだけど…豆腐を仕入れて、この辺には週2回ほど引き売りにきてくれる。(豆腐は彼が作っているわけではなく、お鷹の道という豆腐屋さん。絹、木綿ともに国産大豆です。ともかくウマイ。見かけたらぜひ買ったってえな〜。1丁210円でんがな)。
 可愛い豆腐屋君、若いのに(21歳!)なかなか見所のあるやつでして。自分で糠漬けを漬けたり、ジャムを作ったり、築地まで生牡蠣を買出しにいって、牡蠣料理をいろいろ作って友達にご馳走したりする。もー感心してしまうわけですよ。やけに食作り好きのようです。(でも、専攻は数学ですって)。
 本日は「オレ、パンも一度くらい作ってみたいんだけど」ときたもんだ!「ほいほい、試験が済んだら(大学生なので今、試験期間中)遊びにいらっしゃいよ〜、パン作りであそぼ〜!」と、ルンルン約束してしもーたのじゃ。(若いオトコを連れ込む悪癖のある悪いオバサンは一体誰だ?)。教え甲斐がありそうだ。(何を教えるというのか?)。はい、もちろん、まじめに…自然発酵種のパン作りですよ。頭は良さそうだ。(顔もスタイルもいいけれど)。たぶん、飲み込みも早いであろう。ついでも味噌作りも教えてやろうか?あいつなら絶対に巧く作れそうだ。もーこーなったら、手取り足取り尻取り、無料サービスで何でもかんでも教えちゃおう!やはり心に潤いは必要です。見目麗しき男性なら我が老眼の保養にもなる。(何を言っているのか?)昨日の教室のかおるちゃんから朝8時にFAXがきた。文面から察するに、パン生地だけではなくパン種として渡した生地も焼いて食ってしまったようだ。ガ、ガーン!ショック。

豆味噌仕込みも一段落したし…・

 豆味噌仕込みの追加として、山下僧侶から10k分けていただいた大豆も全部味噌玉仕込みの豆味噌に仕込んでしまったし…。これで、全部で30Kくらいの大豆を豆味噌仕込みに使い果たしてしまい、一応、今回はひとまず味噌仕込みの一段落。
 と思いきや、国分寺北口のMOAという八百屋で茶目大豆(北海道の在来種か?)を見つけて、それも一樽ほど仕込みたくてしょうがない。まあ、資金もないことだし、ガマン、ガマン。(しかし、今やっておかなければ・・とも思う)。

 本日も教室、無事終了。来月2月を新学期の橋渡し月間として、3月からはマジメに従来どおりの会員制に立て直す予定。教室レジュメやアイテム配分、全部、内部資料として昨日までに作成終了。ただし、これは公開しない。現実問題として、予定通りに進んだためしがないから。この10年間、一度もスケジュールどおりのアイテム進行ができたためしがないので、もう、これは誰にも公開せず。生身の生徒の習得能力と実力の進行具合を見きわめながら進めるしかないわけ。少人数制だからね。11月から再開したけれど、1回制の伸展性ない現状だから、今現在の教室レベルは従来より格段に低い。なにせ、生徒は今もっても元種と中種の区別すらつかないレベル。従来の生徒が見たら、一体何というだろうか…。毎年、3月に新規まき直しで新学期開始だから、3月めどにちゃんとしなきゃね。プロのパン屋や食仕事のプロが、在籍生徒の大半を占めていた教室だったから、今後は誰がきても大丈夫な組み立てにしなおさなきゃなあ…。レジュメを整理し、読みやすい教室案内と生徒募集にして、早く配布しなきゃ。(あいかわらず、後手後手)。頑張らなければいけないときに、ふと感じる諦めに近い疲労感。どこか、大手の組織力のある会社が、私の教室仕事を仕切ってくれないものかと他力本願になるわけよ。ビビたるコネもなきにしもあらずだから、いっちょダメモト精神で働きかけてみるか…。(と思っても、そこに行き着く前に、胡散臭い気分になる私)。まあ、一人で頑張るほうが気楽かあ…。
 あ、そうだ。明日は晶文社の新顔合わせの編集者と改訂版の打ち合わせだった。楽しみだなあ〜。早く書きたいなあー。発酵食の本、私の本の割には売れ筋だもんね。売れ筋ロングセラー本を新刊みたいに全て書き直して、リバイバル再ヒットを狙ってやる!
実質的には15年近くも前に書いた本の原稿が今もっても読まれて重版されているなんて、しみじみしんみりと感激ですよ。もっともっと内容を深めて、新しい改訂版にして、もっと売ってやるぜえ〜!1年後が刊行予定。1年も時間をいただけたら、充分にみっちりと書きなおせる。15年前(30代前半)と比べると、今のほうがずっと内容も文筆力も蓄えているからね。既刊を持っている人にも改訂版を買ってもらおう。同じタイトルでも、もう同じではないんだから。初顔合わせの編集者氏、写真入の本にしたいなどと、会社が負担する制作費の我が懸念をよそに、やけに張り切っているようですし。旧知の編集者・斉藤氏と入れ替わりに入った方みたいです。ともかく、会ってみないことにはお互いにお互いが分からない。(イイオトコだったらいいな〜と期待するスケベ心も少しはある)。(あ、ちなみに、私の今までの関わり者や担当編集者、みーんなちょーすごいイイオトコだったんだよ。遠藤さんにはじまり、斉藤さん、大造、おお、もっともっといるな〜。でも、残念ながら、どのイイオトコもマジメで、イイコトしてくれなかったけど。実に残念である)。(これだから、本書きはやめられない)(しかし、なぜ、私のように可愛いよい子を放っておけるのか?)

 なぜか独り言の多い今宵でございます。人生は厳しく辛い。

お教室の本日、お寒うございます

 教室だというのに、肌寒い曇天です。お気をつけていらしてください。

 パソコンを置いてある私の仕事部屋は、今や味噌屋のモノ置き場状態。全部、味噌樽です。ここまでくると、作業台代わりにすらなります。コピーした原稿を載せたり、荷物を置いたり。全部で30kくらいの大豆の味噌樽が所狭しと並んでいる。
 昨年三月に仕込んだ豆味噌を開封し、近日より食べ始めました。すごくウマイ!教室のみかや純子が仕込んだのも同時期だから、そろそろ彼女たちも食べ初めていることでしょう。「1年くらい熟成させて…」と言ってしまった私が、10ヶ月目で早々に手をつけて食べ初めてしまった。教室のみなさ〜ん、もう食べてもいいですよー。予測より早く美味しく出来上がったですよ〜。去年、みんなでやった豆味噌仕込みは面白かったねえ・・・。乾燥味噌玉にしたので、硬くて。ついにハンマー持ち出して、みんなで大工仕事みたいにトントン割って、爆笑ものでしたね。私の豆味噌は乾燥味噌玉に生味噌玉をたくさん混ぜ込んだので、熟成が他の生徒のものより早いのかもしれない。(乾燥させて中にカビを生やしたものは種を自家採取しにくく使い切りになるので、今年、私自身は生味噌玉ばかりを仕込みました)。

 立川の店のほうも今月一杯で終了になるので、純子やみかを呼んで、お疲れ様のカンパイをしたいです。美味しく出来上がった豆味噌も食べさせたいし。(同じ時に同じ場所で同じものを仕込んでも、熟成過程の条件が違うので、みんな別々の味になっているはずです。たぶん、私のが一番美味しい。と、まあ、みんな自分のが一番と思っているわけよ。味噌作りする人はオメデタイ手前味噌なのです。)

沢庵漬けの二番床で浅漬け沢庵

 沢庵漬けを作っている方は昨今少ないかもしれませんが…。私は12月になると沢庵漬けを仕込みます。そして、ちょうど今くらいに食べ終えます。本漬け沢庵を食べ終えた後に残る糠床…。これをすぐに捨てるのは惜しいのです。沢庵の美味しさがたくさん染み出ていますから。
 上がっている余分な水気を軽く捨て、糠床に砂糖を適当に混ぜ込みます。(これは糠床の菌に栄養と発酵力を補充する意味もありますし、浅漬け沢庵の優しい味付けにもなります。ですから、砂糖は好みの量で加減してください)。
 軽く干した大根をこの2番床に漬け込んで重石をして1週間〜10日間ほど置きます。沢庵風味の歯切れよい軽い味わいの漬物になります。本漬けのしなしなと黄色くなった沢庵よりも、ずっと食べやすいのです。(薄味なので、ついついカリカリと食べ過ぎてしまう…)。
 大根の葉も一緒に漬け込んでいます。(外側のゴワゴワ傷んだ部分を取り除き、芯に近いキレイな葉の部分)。これは洗ってみじん切りにして水で軽く塩抜きした後に炒めると、野沢菜の油いためみたいな漬物になります。沢庵漬けを作っている方はぜひ、二番床も活用してみてください。

 前回のブログは尻切れトンボになってしまいました。何となく、生活面がこちゃこちゃ忙しいみたい。(仕事のほうも忙しくなればいいのだが…)。晶文社の重版本が2月初頭より、また店頭に並ぶことになったので、急きょ教室の体制を従来どおりに立て直さなければいけない。(今回の重版本2冊には、ちゃっかりと教室への連絡先メールアドレスを加筆してしまったのだ〜っ!)(そして、ちゃっかりと、入会の生徒増強を企てているのだ〜っ!)。教室は今もってまだ、再開時同様の1回制のスポット体制でやっている。これって、全然よくなくて。せっかく予定を立てても、予約無しの時や、急なキャンセル発生のときに、予定や準備したものが全て台無しになってしまうわけです。組み上げたスケジュールがスケジュールどおりに進まない。結局、次のスケジュールアイテムも定まらなくなるわけです。早々に従来どおりに組み立てなおして、きちんと会員制にして安定した内容にし、募集しなければ…。あせっても、1日中、なにやかにやで埋まってしまい、後手後手になってしまう。ああ、反省。

もうじき、重版の本が店頭に並びます

 晶文社の拙著、・秘伝「自然発酵種のパン作り」と「発酵食作り」は、来月2月の初頭に店頭に並ぶ予定らしいです。(と、本日、未知の新・編集者から、どことなく心許ないメールが入っていたんだけどさあ〜・・。)まあ、予定ですから、あてにしないでください。
 んなこと言ったらさあ〜。 1年以上も前に原稿を渡した某出版社からは、いまだ某拙著が上梓される気配がありませんし。まあ、だらしがないということで。ははははは!出版社は、ね。まあねえ・・なかなか大変ですよ。(なぜ、私はそのような関係をイジイジと続けているのか?)(自分もだらしないせいであろう)。

 あ、今、人が来た。あわてて閉めます。(私、もしかして、忙しいのかも)。続きは明日にでも。

 

なーんとなく、忙しいかも

 正月が明けたとたん、たまっていた仕事をボチボチやっていたら、なんとなく毎日がふさがってしまっていました。走り回るほどではないまでにも、ゆっくりと座っている時間も確保しきれず、だ〜らだらとオシゴトらしきものを片付けていました。急いで済ませてしまっては、ちょっと、もったいないなーみたいな仕事。言うなれば日常茶飯事的なもの。時間稼ぎ。
 このようなものを片付けている間に、いろいろな原稿の構想を頭の中でこね回すのよねー。手でやっていることと、頭の中の何かに距離があるのです。これ、大事な時間。これがないと、原稿が書けないのです。アプローチ時間。
 ぼーっと座って何かを考えるってことはしないのです。動き回りながら、別のことを考えている。で、これが煮詰まってきたら、その後は、ボーッと机の前に座る時間が欲しい。
 アスペクトの原稿が気にかかってしょうがない。早く何かをまとめなければ。何かを具体的に送らなければ。でも、まだ、できていない。やばい。焦燥感を誤魔化すかのように、日常茶飯事オシゴトに精を出す。たぶん、明日も書けない。私の私的生活が何となく変化してしまったから。
 一人だった生活が、なーんとなく二人になってしまって、1ヶ月以上たつ。こんな、なーんとなくふさがってしまった時間って、もしかして、幸せかも。

本日で正月休み完全終了かな?

 成人の日らしい。本日も全国的に祝日休みのようだ。(でも、美容院で働く方たちはさぞかし忙しい一日でしたでしょう)。
 私も(本日も)プータロー決め付けている。(明日こそマジメに締め切り原稿を書こう)。お天気がいい。娘の麻衣の6年前の成人式の日は大雪だったなあ…。振袖の晴れ着に長靴をはいていたっけ。途中でちゃんとぞうりに履き替えたらしいが、夜に帰宅したときは…足袋は一応はいてはいたが、はだしで帰ってきた!着物のすそを両手で捲り上げながら。なにやら履き慣れないぞうりが壊れてしまって、やむをえずに脱いではだしで帰ってきたようだ。振袖を着て裾をたくし上げ、雪道をぐしょぬれのはだしで帰ってきた成人式の我が娘!!!!!…を玄関で見たとたん、卒倒しそうになった私。上部構造は晴れ着、下部構造はみぞれ雪にずぶ濡れになったホームレス状態だった。そのあまりの落差、この世のものとは認知できぬ摩訶不思議な形相に、私は一瞬取り乱しそうになってしまった。ああ、ふふふふふ…わはははは…と笑うしかなかったよなあ。
 今日は昌弘の早大時代のお友達二人を昌弘が連れてくることになっている。楽しみだねえ〜若い人たちに会うのは。何やら、楽天とかいう今をときめく会社で働いている人らしい。(わたしには縁遠い会社ではあるが)。ピザでも焼いておもてなししようか。パソコンのこと、いろいろ教えてもらおう。YAHOOのほうのメールにたくさん迷惑メールが入っているけれど、それの削除の仕方すら分からないし。パソコンに強そうな人がいるのは、ちょいと心強いです!(ただし、教えてもらったから、必ずできるとは限らない私の脳みそであります)。

おせりの後始末はブイヨン引き

 写真を撮らなかったのが残念ダア〜。「ヤバイ状況」になってきた「おせち」を本日、全部違うものに生まれ変わらせたのダア〜。

 おせちで食べ残した・お煮しめ、昆布巻き、叩きゴボウ、田作り、鶏肉の照り焼きなどは、年末の料理に出た野菜くずや鶏がらなどと共に、コトコト煮出して、ぜーんぶブイヨンにしてしまったのですよ。(まあ、毎年のことだけどね)。どれもこれも一人分とは言えないほど、ちまちま残っていたのです。とても美味しいブイヨンが引けました。本日は、その冷凍保存作業と、それでも余剰してしまったブイヨンで、トン汁作りでした。(このトン汁も最高に美味いです!ぜひ、お試しください)。

 最低最悪なのが、きんとん、そして黒豆。(きんとんは栗きんとんと、白花豆・百合根のきんとんの2種類)。これらもビミョーに残った…。黒豆はシロップ漬けの柚子風味にしてあるので、さほど甘くはない。五目煮などの煮物に使えます。問題はきんとん。これはペストリー生地(クロワッサンみたいなパン生地)を本日仕込んで、明日にでも、しゃーしゃーと甘いペストリー(マロンだのビーンズだのと名前を変えて)のトッピングやフィリングにして焼き上げます。本日、今一度火入れして、余分な水分を飛ばさなきゃパン生地やパイ生地には使えないけどね。生クリームなどを混ぜると、きんとんはとたんに洋風の素材になるのです。
 問題は数の子。これは困る。私は鰊の切り込みに混ぜ込んで、塩辛状態に持ち込むのですが、これは典型的な北海道の食い物。「鰊の切り込みって何?」とまいど問われる。「塩辛ですよ、魚の…」。北海道人はこの切り込みに数の子を混ぜ込むのです。それ以外なら、松前づけに混ぜ込む。しかし、内地では途方にくれるほど数の子(鰊の魚卵)の活用法料理が少ない。
 おせち料理衰退の原因は、(たいがい、おせちは最後には残って持て余される)、繰り回しの活用料理法をみんな知らないからなんだろうなあ。

 おせちの教室、毎年、誰からも予約が入らないもんな…。正月料理なんか、いまどき若い人は作らないのだろう。というか、私より年上のオバサン(50代のバーサンか?)すらも、今は作らないからねえ…。20代半ばの娘の麻衣や、30才過ぎたばかりの昌弘ですら、喜んで食べてくれたおせち料理なんだけど、「作る」という不条理な行為はどんどん廃れていって、「買う」「食べる」くらいが、残るんだろうなあ〜。「作る」は「商業的業務生産」にとって代わられるんだろうなあ…・。
 私は、生きてるうちだけは、愛する人たちのためにだけでも、毎年、こてこて手作りしよう〜っと。

25年ぶり?国立・あひるの家の狩野さん

 いや〜、懐かしかったね。私は以前、ポラン広場関係相手に事業をしていたのです。ポランは有機農産物運動の促進グループ。25年も前になるかな…。初めて国立・あひるの家の経営者・狩野さんと会って話をしたのは。彼が夢市場などに連れて行ってくれて、そのことがきっかけで私のポラン仕事が開始。国産小麦のお菓子を製造・卸しする仕事を細々と開業しました。狩野さんは言うなれば恩人なんだけどね。でも、そのポランを辞めて10年以上になるわけよ。ちょいと気まずくて、なかなか会えなかったけど、今回ホッチ鍋のホッチコージクン&幸子ちゃんが車で私をあひるの家まで連れて行ってくれた。ほぼ四半世紀ぶりの再対面でしたねえー。懐かしかった。
 狩野さんの奥さんのくみさんもいたし、息子もいた。(大人になっていた)。一言で言えば、あたりまえだけど、お互い、みんな年取ったなあ〜…・。
 あひるの家の二階も懐かしかった。昔、大森君があそこでレストランやっていたんだよなあ〜。大森君は何度かウチに遊びに来てはご飯食べたり酒飲んだりしていったよなあ〜。元気でいるのかなあ〜。東京での仕事を辞めて、田舎に帰ったらしいけど。
 25年ぶりのそぶりもお互いに見せずに、今のことばかりを話した。何一つ気に留めずにね。家に戻ったら、なんだかタイムスリップしたみたいで、頭の中がポヨヨーンとしてしまった。(1月2日の夜中に起きた歯痛のせいで痛み止めを飲んでいたせいもあるのでしょうけど)。25年かあ…・・と思うと、長いような短いような。辛かったような、楽しかったような。何も無い巨大な空洞だったような、否、凝縮された濃厚な時間だったような…・・。
 狩野さん、角が取れて、どこか丸みを帯びた話しぶりだった。昔のギラギラした険しい目ではなかったね。相変わらず、口は悪いけど、でも険しさや怖さはなくなっていた。感性は相変わらず鋭いね。(昔のポランの男たちはみんなそうだった)。コンセプトに対する美意識みたいな、鋭敏な感受性。そういう意味では中身は変わっていないのかもしれない。
 最近、とみに新しい人たちとの出会いと懐かしい人たちとの再会が多いのです。過去と今が、未来につながっていくようで、なんだか感慨深いのです。これもあたりまえの話だけれど、過去があるから今があり、今があるから未来もあるんだろうなあ。
 今を大切にしようと、しみじみ思う昨今です。