酵母パンの秘められたる活用法


 こ、これは何か!?…。いったい、ナニモノなのだ…。(間抜けた写真を載せるな!という話もある)。

 パンの端っこを糠味噌床の表面に、ぺったんこしておくと、余分な水気を吸ってくれるし、床も発酵して美味しくなる。
 かき混ぜて野菜を漬け込んだ後に…、パンをぺったんこ。漬物を取り出すときに、ご用済みのペッタンコパン(汁気をたっぷり吸ってじゅくじゅくしている)を取り出して捨てる。(捨てたくなければ床に混ぜ込んでもいいのです)。

 糠漬けが美味しくなる季節には食べ残して古くなったパンも大事に保存しておきます。そして、糠床の水気取りに…・。

 私は三食とも和食だけれど、マー君の朝ごはんは用意時間の関係上、洋食でパン食。リーンな塩パンの耳だけがやけに余る。(私はパンの皮が好きなので、余った耳だけを食べる)。が、しかし、糠漬け期間はパン皮すらも別用途活用となるのです。水取りパンパーン。ドンドンパンパン・ドン・パンパーン!あらよっとー!

 嗚呼!私は今、悩んでいる。(と、ここで、突然文脈が変わるのよね)。糠味噌どころの騒ぎではない。死にそうだ。あー、もうダメだ。
 4月も下旬に突入したというのに、今だに失業中に近い状態。もうすでに、悟っているのだけれど、私のやりかたなんかでは、もうダメなのだ。ははははは!
 例年にも増して、自然発酵種の酵母パン教室の生徒が全然集まらない。(集まるわけないよなあー!)古式ゆかしく、古代の自然発酵を復元して現代に蘇らせようとしているんだからさあ…。馬鹿やるにもほどがある。(自分でも笑えてくる)。てへへ。

 パンは本来、小麦粉と塩と水だけで作ることができる。味噌も本来、大豆と塩と水だけで作ることができる。私は具現した。発酵源は自分の環境に生息する野生の微生物群のみ。難しいことではない。むしろ平等なことだ。
 適正な菌だけを採取し増殖して、それを種にする。種は友麹として適量保存し、次のための種に転用する。世界の、古代からの、無名の、庶民人間の知恵だ。
 また、米という素材だけで、麹や甘酒や酒やみりんや酢や酒粕など、その残り物で糠漬けや粕漬けなどの副菜づくりもできる。日本の、古代からの、庶民人間の知恵だ。

 米、麦、豆。古来からの穀物って、なんて素晴らしいんだ。そんな質素な素材を可能な限り命をつなぐ食べ物作りへと多岐に活用した古代世界の、そして、古代日本の祖先らの知恵と勇気と努力と継承と、そして命と暮らしへの愛と。なんて素晴らしいんだ!
 と、ついうっかり感動しちゃってさ…。自分でも試行錯誤でやってみたら、てんで簡単にできちゃうじゃん。嗚呼、やはり私も原始的人類だったのねえーと、感動した。やれば何でも作れちゃうじゃん。

 まあ、そんな教室にしたかった。

 20年近くも前の話。いろいろな物をごぼごぼと発酵させ、パン種だの、酒だの、しょうゆだの、酢だのを試作実験していた。何を使っても案外できちゃうものだったんだよねえ。
 ここ数年、私がふた昔前にやっていたような幼稚なことが、現代的ブームになっているみたい。旬のフルーツだの花だのの初期的アルコール発酵の物質をパン種にすることが、なんちゃって酵母パン作り愛好家の間で流行っているようだ。あのようなもので、簡単に美味しい製パン性高いパンなどできるわけがないのに。もっと時間と手間と抑制が必要なのに。何の情報もない20年前、自前の手間暇と知恵だけで、ゼロから何かを生み出して育てた私は苦笑するのみ。老兵去るべし。みなさん、頑張ってくださーい!
  
 今年度限りで教室はやめるべき。種類の無料配布や無料サポートも今後はやめるべき。時間と労苦の無駄。心中、悔しいものはある。しかし、私はすたれて当然の歴史的食物誌を具現したという自負はある。今のこの現代にどこのモノ好きがやってできる?
こんなこと言っても、何の価値もないが。負け犬の遠吠えとはこのことだよね。

 早く、もう、本が書きたい。本、書きたい。