ヘルンドル


 教室用のパンが焼き上がりました。牛の角。ホルーンです。

 本日、げろげろ原稿書き。晶文社に、発酵食本の序章の触りだけ(あたまだけ)送ってみたら、編集者からは、好評でした!「売れそう」とまでの讃辞。(頭出しの文章だけだから、あてにはならないけれど)。

 もー、パン本も発酵食本も、両方同時に心機一転のパワー全開で、わし、行くけんね。頭出しさえギンギンのっていれば、あとはそのペースでいけちゃうもんね。もともと内容ソフト部分は全部出来上がっているから、あとは読ませの部分の引き込みだけのエネルギー書き込みインスパイアーだ。
 イケるぞ。いけいけ、いけ!ひろこ。もう、一人ぽっちの仕事じゃないぞ。出版社の編集者がメオトのように、今は傍にいてくれる状況になったのだから。

 一番好きな仕事。本書きと本づくり。私はこれのためにすべてをやっているのです。

 人間って、どーしても捨てがたい自分自身の抱え込みの業ってあるよね。たぶん、死ぬまで一生の仕事。
 私の場合は本なんだろうなあ。他にはないね。本を書く人でも、本などには何の価値観も持っていない人もいるわけです。雑誌の仕事の方が好きだったり、テレビやラジオに出て有名になりたいたいというのが一番の希望だったりする人もいるわけです。でも、私はダメ人間で、やはり本にすることにしか、自分の欲望や野望を注げないです。本って、経済効率や換金性が一番低いんだけどね。
 ほかは、やはり、どーでもいいことで、二の次、三の次になっちゃうんだよなあ。雑誌とかテレビとかは、メオト関係じゃなくて、複数のたくさんの人たちとの共同作業になるから、それはそれでとても楽しいし、いろいろ勉強になるんだけれど。
 でも、いつも、いろいろなたくさんの人と…では、まるで会社員の月給取りみたいな妥協とあきらめ精神になっちゃうから、別な意味で危険だけれど。(もう片方の意味では安定かもしれないんだけどね。でも、安定ほど危険なものはないかもね)。

 49歳にもなったのに、今だに「私の将来は…」なんて、高校生の進路相談みたいなことをジトジト考えている昨今です。平和だなあー。(本日、国分寺では、殺人事件は起きませんでした。めでたし、めでたし)。