鉄火味噌


 明日の教室は「鉄火味噌」作り。人生修行に近い作業になります。毎年恒例の苦行です。ただひたすら、味噌とみじん切りの野菜を3時間ほど炒め続けるのみ。木べらを握る手にはマメ。翌日は筋肉痛。ただひたすらもくもくと炒め続けただけで、なぜ筋肉痛まで起きるのか?と、しみじみ疑問になるのです。炒め続けながら、ふと「私、こんなことをやっていていいのだろうか?こんなことをやっていて、私の人生は大丈夫なのだろうか?時間というものは時に矢のごとく、そして時に永遠であるかのごとくあまりにも長すぎる」…。と、哲学的にすらなる苦行料理です。そして、(こんなことやっていて、人生大丈夫なわけねーだろっ!)という自己否定すら大肯定しなければいけない善悪の彼岸にたたずむ教室なのです。(アホ)。

 味噌とみじん切り野菜はほぼ同量でよろしいです。ごぼう、れんこん、にんじんなど、極々細かいみじん切りにして、味噌と炒め続けます。永遠の時間がたったころ、味噌はサラサラの顆粒状になる。これが哲学的鉄火味噌の完結した姿でございます。心と精神の葛藤を通り抜けたとき、味噌は味噌としてのアイデンティティーを超越し、カオスのごときペースト状の世界から永劫の離脱を成し遂げる。(アホ)。

 明日、23日には刷り上りたてホヤホヤの拙著が届きます。(本日22日に刷り上り、発送されて明日着)。梅が飛び出しているだの、キラキラ光っているだのと聞かされたカバーが楽しみ(恐ろしい)です。