一様には見せられない道具たち

 お一人様用、1合飯用の「おひつ」を持っているんです。

 のり巻き、いなり寿司、ちらし寿司、握り…酢飯は何でも大好きなんです。ほんの少しのご飯でも、手軽にチョチョイと作ります。

(いなりの皮や、のり巻きの具などは、多めに作り置きして、いつも冷凍保存があります)。

 手軽にチョチョイと作るときには、大きな飯台は不要です。大は小を兼ねないのよ。なにせ、狭い台所(8畳分しかないの)なんです。

 そんな時には小さなおひつが、飯台代わりになります。ン十年も、長年愛用しています。

 でも、長年使うと木の道具は黒ずんだり、シミができたりして、不潔に見えちゃうのです。ですから、人様の前では使えないです。

 うちの台所には、人様に見せられないような古びたボロ道具がたくさんあります。

 持ち手が朽ち果てて無くなってしまった雪平とか、持ち手が壊れて針金巻きにされたフライパンとか。真っ黒になって、ベコベコに凹んだ小さな蒸し器とか。(「何これっ!?」とか聞かれるんで、「ルバング島の密林から拾ってきました」と答えるようにしています。「そう…。」とか、素直に信じてもらえます)。

 どれも、私と一緒に長年働いてくれた使い勝手の良い道具ばかりです。使いやすくて、思い通りの火通しができるので、壊れても、汚れても、凹んでも、もったいなくて捨てられないです。

 ものすごく、ビンボ臭い道具ばかりです。いえいえ、道具がビンボ臭いのではなく、私が臭いだけなんですけどね。

 自分自身が日常で使う鍋を選ぶときは、厚さと材質で選んでいます。デザインとか、サイズとか、値段ではありません。ブランド名やメーカー名でもありません。

 で、結局は業務用のゴツイやつになっちゃうのよね。色気も何もないやつ。色気も愛想もないくせに、メチャクチャ高いですし。その上、重いしね。

 撮影用に、見栄えの良い家庭用の鍋やフライパンも買い置きしてあるけれど、料理のためにはほとんど使いません。使い勝手が悪くて、思い通りにはいきませんので。やっぱ、オヤジ臭く、愛用のボロ道具を使ってしまいます。

 ということで、ゲラ仕事も済んだので、使い慣れたボロ道具で、晩御飯の支度でも始めます。今夜のご飯は、スモークサーモンの押し寿司。

 写真は、先日「撮影用」と自分を説得して1枚だけ買った(いえ、一身上の都合から「1枚しか買えなかった」と言うべき)木のお皿。ホントは、黒だけではなく、朱塗りの木皿のほうも欲しかった。二色、2枚並べたら、さぞかし可愛い風景でしょうに。

 一口握りなどを置いてみたかったのです。